Redundanz

僕の言葉は、人と話をするためにあるんじゃない。

放射性同意体、ついにいいえと言う。

自分の、人に見せるために書いた文ってやっぱり少し気持ち悪い。でも自分に見せるための文ってどんなんだろうよくわからん。まあ普通に明瞭さとかが求められるんじゃないですかね。今後は他者に読まれた時の文章的効果はも少しさり気なく挿入されているよう書いてゆこう。とか。本松は昨夜転倒しまして。
閑話及第。危なく落第するところでした。
ALESSのアイディアが浮かびません。僕の知りたいことで知らないことを書いて来なさいなど言われたところで、知りたいことは中途半端に知れてしまうインターネットの功罪を深く認識させられたところなのだけど、はて。要は未だかつて誰もやったことのないようなことをやればいいわけで、ALESSの論文がネイチャーあたりに載る未来が、見える、見えるぞ…!(ないない)
適当に、凡庸に頑張ります。それが大学がぼくに求めていることなのだろうから。拗ねたガキかよ、その通りなのだけど。