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Redundanz

僕の言葉は、人と話をするためにあるんじゃない。

五角形の話

小噺

 私は五角形である。5つの頂点と辺を持つ多角形の総称だ。書いたことのある人も多いと思う。見たことのない人はほとんど皆無であろう。図形界ではちょっとした有名形だと自負している。
 ところで、私があなた方の前に姿を表わすのはこれが初めてである。物理的な世界に私を表記するのは難しく、あなた方は私を字面の上で知っているに過ぎない。あなたは直線を書けないし、そこから幅を除くことなどもっての外だ。過ぎないと言えどそれは私の本質であり、不完全とはいえ私にアクセスすることを可能にした言葉という網の目を、私はそれなりに評価している。
 日々の私は、気ままに形を変えて生活している。辺を一つだけやたらと伸ばしてみたり、一内角を180度にとって四角形の真似事してみることもある。角が一つ減っているのだからそれは五角形ではないなどと言われそうだが、五角形であるという自覚を忘れない限り特に問題はないらしく、その辺の仕組みは私にもよくわかっていない。何処か遠くで定められている定義の問題ではないかと思うが、私の知るよしではない。同様にご近所さんであるところの四角形が五角形でない理由も辺りに転がっているのだろう。内角をすべて108度にそろえて、正五角形となってみることもあるが、堅苦しいのであまり好きではない。むしろ各角を思い切り伸ばして直線様になるのが好みだ。人が伸びをするのと似たようなものと想像してもらえるとありがたい。
 またあるときは、1〜4個の頂点を他のものと比べうんと近づけることでシェイプアップを図ることもある。この時も私は四角形や、それ以下の図形っぽくなるのだが、やはり内角の和は540度のままだ。不思議なように思われるし、至極当然のように思われもする。無限に近づいてゆく頂点の間に生じる角が、いったいどのくらいの大きさを持つのかについては、私にはよくわかっていない。誰か暇な人が考えてもらえれば良いように思う。
 ところで私大きさはない。比較される相手が何処にもいないから。違う次元に何か尺度を必要とするようでは、5つの頂点と辺を持つ多角形であるところを私の真髄を満たさない。広さはないが、長さはあり、角度があり、まっすぐな線がある。それが私の住む世界の概観ということになる。
 もう少し話を続けたいところだが、最近知り合った円という図形とこのあと会う約束をしていて、そちらへゆかなくてはならない。私が初めて出会う類の形であって、あちらの地平からやってきたらしい。彼を形作る曲線という概念が私には捉えづらく、未だ私は、奴が相当角の多い多角形の一種ではないかと疑っている。今日のところはひとまず、内角の和を聞いてみるつもりだ。
 ではまた会おう。あなた方がいつの日か私そのものを書き表すことを祈っている。まずは紙面を塗り分けてその境界を辺としてみては如何か。