Redundanz

僕の言葉は、人と話をするためにあるんじゃない。

0910(インド6日目)

 ホテルが暑くてよく眠れなかったけども、7時ごろにチェックアウトしてタージ・マハルに向かいました。タージ・マハルの入場料は750ルピーと公式ぼったくり価格で(うち500ルピーはインドの考古学研究に使われるらしい)、外からちょっと見ればいいかなとも思ったのだけど、しばらく考えて入ってみることにした。客引きを全部スルーして(スルースキルはかなり上がってきた)巨大な門から入ると、まずは荷物検査。有名で貴重な建造物らしく、セキュリティは厳重でした。門をくぐり抜けてしばらく進むと、白く美しいタージ・マハルが遠くに見えてきます。早朝にもかかわらず、たくさんの観光客が写真を撮ったりタージ・マハルを眺めたりしていました。門からタージ・マハルまで続く石で作られた歩道があり、そこを歩いてゆくと、眼前のタージ・マハルはじわじわと威圧感を伴いながら大きく見えてきます。遠くから見たときは平面的だったその姿が、立体感を増し、その莫大な質量を肌で感じました。
 タージ・マハルの外観は、どことなく狂気を感じさせるものでした。極端なまでの対称性。神経質な美しさ。タージ・マハルは昔の王様が亡くなった王妃の為に国力をかけて、20年の歳月の末に作り上げた建造物であるといいます。たった一人の人間のために、国を傾けてまでこんなものを作るその狂った感じがとても好ましいなと僕は思いました。
 中に入るには靴を脱がねばなりません。受付に預けて、内部へ。内部は様々な音が反響してうねっていました。共振させて建物を崩せないかなと固有振動数の音を出してみたのですが効果なし。出力が足りない。
 それから、木陰でしばらく涼んで、タージ・マハルの近くの商店街へ。旅行者向けの店が並んでいます。日本食などを売っている店もあって、そこで朝ごはんを食べました。オムライス。インドらしく多少スパイシィだったけども、懐かしい味がしました。後、バナナラッシィが美味い。
 お腹を満たして、タージ・ゲストハウスという宿屋へ。地球の歩き方に載っていた通り、スタッフがやたらとフレンドリィで、色々と話をしました。特によく話をしたのが、黄色いシャツを着たお兄さんで、仮に彼をキイロ・シャツ氏と呼びましょう。キイロは大学を出ているらしく、話しぶりもかなり理知的でした。ただ賢いだけではなく、気さくで、ただ常識を盲信しないだけの広い視野も持っている様子。知識は力だとか言っていた。そこで彼に、かねてより怪しく感じていた電車のチケットの料金を訪ねてみると、案の定ぼったくられていたようです。(迂闊すぎるでしょ僕は) それで、どうにかならないかと相談すると、そのホテルのオーナー(以後ホテル・オーナ氏と呼びます)が来た時に話してみると良いと提案し、それを待つことにしました。
 待つ間に、キイロとチェスをしました。僕はあまりチェスの経験がないので、我流でめちゃくちゃに駒を進めていたのですが、途中でキイロにアドバイスを貰ったりして、何となく盤の進め方がわかってきたように思います。将棋のように駒が再利用できないぶん、いかに駒を取られないかがより大事になるぽい。負けてしまったけども、筋はいいから練習すればもっと強くなると励まされたりして、楽しいひとときでした。
 オーナ氏は、彼が同じく経営しているネットカフェ(つまりホテル・ネカフェ・オーナ氏ですね)にいるとの情報を得て、そこへ。チケットを見せると、知り合いのチケットの手配を請け負う業者に差額を計算させ、それを取り戻す算段を考えてくれました。例の会社に電話し、交渉をし、その内容は醜い言い争いになったのでここでは割愛しますが、最終的に10000ルピーを取り戻すことに成功したのです。見知らぬ人間のためにここまで頑張ってくれる人がいるというのは、安寧だけども殺伐とした社会(それは恐らく僕の卑怯な生き方に由来しているのであり、日本がそうだと言っているわけではないです。)に生きていた僕にとってはかなりの衝撃で、インドの社会や文化の異質さより何より、僕の考えに影響を与えているように思います。もちろん、僕の捻くれた、それでいてナイーヴな人生観はそんなに簡単には変わってくれません。けれども僕の報酬系の反応に一石を投じたのも確かであり、それが、自己のうちに閉じた価値の体系に空虚さを感じ意欲を失ってしまった自分の心に、再び火を灯してくれたらなと思うのです。
 明日はアグラをもう少し観光して、夕方、夜行列車でヴァラナシへ立ちます。雄大なガンジス川の流れる、死と再生の街。楽しみだ。着くのは明後日だけども。

 追記。もしこれを読んでいる人の中にアグラに行く機会のある方がいれば、タージ・マハル南門の近く、タージ・ゲストハウスを訪ねてみてください。部屋はその安さに相応だけどもスタッフは親切で、あなたの力になってくれるでしょう。ついでに、ここでチェスをした日本人がとても感謝していたと伝えていただけると、ありがたい。