Redundanz

僕の言葉は、人と話をするためにあるんじゃない。

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 思考は行為を内化したものである。ということを素朴に理解するなら、思考が世界について語りうるのは、ちょうど僕らの身体が世界の中で動くことが出来るということと同じ意味においてなのだ、ということを思いつきました。なんと言えばいいのかな、例えば「そこに花がある」という認識と道端に落ちていた石ころを蹴っ飛ばすこととの間には大した違いがないということです。あるいは、思考が物事の輪郭を捉えることは、壺の中の水が壺の形をとることと(喩え話でなく)本来的に同じことである、ということ。もしそうした水の振る舞いと人間の思考とが全然別のものに見えるのだとすれば、それは水と砂利では壺に押し込まれた時の挙動が違ってみえることと同じ現象なのだ、と思います。同時に、僕のこの理解は、単なる唯物論的世界観のアレンジにすぎないことを僕は知っている。

 様々な説明の階層があり、そのどれもが嘘であるように思われてしまう。嘘っていうのがどういうことを指しているのか定かではないことが問題の本質にある。ところでもしそれが説明ではなくて、自分のうちにおける完全な現象の再現であったとしたら、それをもって僕はその現象を理解したと考えるだろうか。たぶんそうではない。おそらく僕が気持ち悪いと思うのは、自分の認識している多くのものが、ある階層、領域においてのみ意味を持つように思われるところなのだと思う。一つ一つのインクを追いかけても、「ねこ」という文字には辿りつけない。そういう風に形作られた人間生物の認識は、まったくもって正しくないと、正しいという言葉の意味を宙に彷徨わせつつ思う。いったい自分はなんなのか、なにを考えているのか、考えるってどういうことなのか。本来ならもっと対称であったはずのものが、安定を欠いたがゆえにころころと転がりながらまるでそうするのが世界で一番まっとうな在り方なのだと言わんばかりに言葉を放つ。世界を区切り、名前をつける。なぜ自分が転がっているのか、静止していたとき自分は一体何であったのか、そういう原理的に知り得ないかもしれないいろんな秘密を抱えながら。ころころ。

 ところで、思考の力というものがあるとすれば、それは現実世界に対する「操作」の形を取る時に生じるだろうと思います。現象を正確に掬い取るにはあまりに目の粗い思考の網であっても、それが確率的にほとんど生じないような反応を自然法則から引き出すことが出来るならば、それは確かに一つの達成です。壁をぶん殴るのと同じように、思考は世界に対して力をふるう。もちろんそれはあまりに粗いから、物事を完全に制御するには至らない。事態が良い方向に進めば良いなと念じながら行使される統計的なエネルギー。人の複雑さは、そういうエネルギーの流れの結節点として働いているような気がします。それはさっきの視点とは別の側面から見た考える事の意義です。普通一般には、考えるという言葉はこちらの意味で使われているよう思います。僕だってたいていはこちら側の態度で物を考えている。けれども、こちらの見方のみでは、自分の考えていることのうち、いくつかのものたちに価値を与えてやることができなくなってしまう。例えば哲学的な考察の大半はそうです。なにも操作しないし、それによって何かが大きく変わるわけではない。もちろんそれが自分や他者に伝達される過程では、思考は壁を殴ることと同じように力を生じるでしょう。物語の保つ力です。でもそんなのは正当なやり方じゃないと何故か感じてしまうのです。考える事の力は、人や世界との関係以外の部分にそれ自体完結した形で存在して欲しい。そしてそうした思考には、神秘的な力があって、深淵なるものの奥底から真理を汲み上げてきてくれる、そんなことを信じたくなる。明らかにしたいと思う。
 デカルトの言うアレとはちょっと意味合いが異なりますが、僕は、感じ考えているこれが僕だと信じています。そしてそれゆえに、感じ考えることには特別な作用を伴っていて欲しいと思うのです。自分自身をいくら外側から調べても、それが「この僕」であることは出てこない。このことを神秘と呼ばずしてなんと呼ぶのか。僕が僕でありそれ以外がそれ以外であることを実感として了解する時、僕は目の前で魔法を見せられている気分になるのです。だからこそ、自分が自分であると考える事、赤色が赤色に見えること、感覚が自分のものとして現れてくることは、特別の特徴を持っていてくれないと困る。それなのに、そこで生じていることをありのままに観察した時、思考とか主観とかいうものは、ますますつまらない、ただ起こりうることが起こっただけのことに堕してゆく。この「僕の」思考と物理的反応過程としての思考との二面性をどうしたものか、僕にはよくわかりません。僕はどこから来たのか、僕は何者か、僕はどこへゆくのか。誰か、早く答えを教えてください。