Redundanz

僕の言葉は、人と話をするためにあるんじゃない。

ことばねこの日常

 自宅の最寄り駅に電車が到着し扉が開くと、冷たい風が吹き込んできて、僕はぶるると身を震わせた。同じ電車に乗っていた冬風寒いねこ氏も、コートを自分に引き寄せるようにして言う。
 「冬の風は寒いですな」
 「ええ、寒いですね」
 冬風寒いねこ氏は三角形の黒い耳をふるふるさせて、それから空いた席に腰を下ろした。僕は彼を一瞥して電車を降りる。身を切るような冷たい風に煽られるようにして改札を出た。これからこの凍える空気の中をしばらく歩かねばならないと思うと、僕の気分は沈む。改札を出たところでばったり出くわしたお家遠いねこ氏も同じ気持なのか、心なしか表情が暗かった。氏の自慢のふさふさつやつや猫耳もしょんぼりしている。
 「家が遠いなあ」
 そんな独り言をつぶやいて、お家遠いねこ氏はとぼとぼと歩き始めた。そうですね、と同意を示した僕に気づいた様子はない。道連れがいれば寒さも和らぐだろうかと考えたのだが、思えばお家遠いねこ氏の帰路と僕のそれは反対方向なのだった。残念無念。
 僕は自宅への道を急ぐ。定食屋から香ばしい匂いが漂っていて空腹が刺激されたが、今月は出費がかさんで残高が心もとない。晩御飯は家にあるもので済ませた方が良いだろう。定食屋の窓をふと覗くと、暖かそうな店内でお金足りないねこ氏がとんかつを食べていて、今日ぐらいは多少出費してしまってもいいかなと思いかけてしまったのだが、ぐっとこらえて家に帰った。
 鍵を開け冷気から逃げるように室内に入ると、断熱がしっかりしているおかげか空気は暖かく、そこが自分の城であることも相まって、ほっとした気持ちになった。
 「やっぱり自分の家は良いですな」
 そう言ったのは自宅はいいねねこ氏である。
 「ええ、落ち着きますものね」
 同意する僕に、柔らかい微笑みを向ける自宅いいねねこ氏。僕も楽しい気分になってきて、ベッドに飛び込んだ。一日の疲れがちょっとだけ和らぐ。そんな僕をしばらく眺めていた自宅はいいねねこ氏は、しっぽをさよならの形にして、それからふっと消えた。彼も自身の自宅に帰ったのだろう。彼だけの空間へ。
 そのまま寝てしまおうかとも考えたのだが、空腹はますます耐えがたくなっており、仕方なく僕は冷蔵庫を開けた。思ったよりも材料の残りが少ない。買い出しに行く必要があるだろう。また外に出ねばならないのかと、さっきの心地よい感覚が嘘のように、僕の気分は沈んだ。自室に一人であることも要因かもしれない。自宅いいねねこ氏のいなくなった室内は、いつもよりもがらんとしているように思われて、独り身の寂しさを僕に意識させた。
 ピンポンが鳴ったのはその時だった。こんな時間に、一体誰だろう、そう思ってドアを開けると、そこにいたのは三人の一人ぼっちは寂しいねこ氏たちだった。
 「独り身は寂しいですからな」
 三人の一人ぼっちは寂しいねこ氏たちはそう言って続けた。
 「今夜は鍋にしませんかな?」
 見ると彼らは鍋の具材とビールを持っているようだった。
 「いいね、いいですね。鍋にしましょう」
 そういう僕の心は、今や温かい。
 そうして、四人のみんなでお鍋は楽しいねこ氏たちは、鍋を囲んで一晩語り明かしたのだった。