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Redundanz

僕の言葉は、人と話をするためにあるんじゃない。

0211

 我を失うタイプの集中状態は、一つの単純作業をひたすら続けるには向いているけれども、変則的な作業をするには向いていない感じがあって、僕のお絵かきやヴァイオリンの技術がちっとも向上しないのはその辺に理由があるのではないかと考えていました。そういうやり方ではありていに言って気付きがない。読書や勉強も同じで、これは読むことにすべてを費やしてしまっていて、頭の他の部分がちっとも動いていない感覚がある。一方で、頭のなかだけで何かを考えるような場合には、集中する対象がそれ以外にないぶん結構うまくゆく。で、そっちを基準にするから、自分は賢いのだと認識してしまうのでしょう。たぶん、メタ認知とか言われるものが脆弱なのですね。だから一極集中的な力には秀でているけれども、総合的に物事を構成するのはうまくやれない。適度に問題を切り分けつつ、逐一自分が何をやっているのか把握しながら作業するのが良いのだろうけど、集中しないでいるというのは案外難しい。もう少し言葉を上手に使って自分を監視できるよう慣れればいいのだけれど。


 Twitterでこんな問題を見つけてしばらく考えていたのですが、次のように言い換えるとすっきりなると思います。
 「ゲーム"2x円"とは等確率でx円または4x円のどちらかがもらえるゲームである。このゲームは任意の自然数xに対して定義されている。プレーヤはまずすべてのゲーム"2x円"の集合からランダムに"2a円"を選ぶ。この時このゲームの期待値は2.5a円である。」
 確率は難しい。