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Redundanz

僕の言葉は、人と話をするためにあるんじゃない。

0413

 今日は入学式だったらしく大学はお休みでした。総長あいさつに関連したpostがたくさんTwitterに流れていたけれどほとんど興味を持てず。最近は自分が大学に所属しているという意識が希薄です。講義には出るしときには面白いとも思うけれど。僕の中の大学のゲシュタルトが完全に崩壊している。たぶん、とてももったいないことをしているのでしょう。でもどうしようもないのだ。

 勉強をしたり本を読んだり。前にブックオフで買ってみてそれきりになっていたノルウェイの森の下巻を少し読みました。内容は割とどうでもよいのだけれど村上春樹の筆力には流石にすさまじいものがあると思う。「乾いた唇のまわりにはまるで雑草のようにまばらに無精髭がはえていた。これほど生命力を失った男にもきちんと髭だけははえてくるんだなと僕は思った」とかすごくずるい表現です。こういう文を書くための技術というか手癖を彼は持っている。そして僕が冗談の定型を変形させて遊ぶのと同じようにそれを操るのです。僕ももっと自分の手癖を磨いてやりたい。そのためにはまず磨くべき手癖を発見し構成する必要がある。それから新しいことを試してみるのは大事です。
 反省的な意識のスイッチを切ってしまって脳髄のおもむくままにやったほうが良いことと、細心の注意のもと自分を観察しながらやったほうが良いことがあります。もちろんその中間に位置するものも。その辺りの配分をしっかり把握しておくことが、気持よく生きるコツかなと思ったりした。

 夕方からバイト。とある大きな会社で社内選抜用に使用される数学の問題をつくる仕事でした。おもしろい問題を考えるのはむつかしいです。計算のつじつま合わせは結構うまくいったのでそのへんは解いてて気持ち良いと自負しているのだけれども。

 最近ニコニコ動画Youtubeカラヤンが指揮している演奏を聴き漁っています。彼の指揮はけっこう僕の好みに合致しているのだけれどどの辺が好きなのか自分でもいまいちわからない。新世界より第3楽章とかすごく良いと思う(曲そのものが好きだというのもある)。たららんたんたららんたん、たんたんたららん!