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Redundanz

僕の言葉は、人と話をするためにあるんじゃない。

0627

 一日中寝ていました。身体はだいぶ回復したけれど、頭の方はまだぼんやりしています。心と現実の接続がうまくいっていない感じ。

 説得と納得の領域から抜けだして本当の知識というものに触れてみたいとずっと昔から思っています。でもそんなことは無理なのだとも思う。無限の精度で世界を探査でき、物質と法則の織りなすダンスが全て見えたところで、僕はそれによって物事を理解したとは言わない。「目の前に林檎がある」ことを理解したりはしないように。また物事の物質的基盤を完全に明らかにするそのような認識は、林檎と世界を区分する境界線を破壊するだろう。このことは知性についての微妙な部分を明らかにする。思考や知識はどこまでいっても目的の奴隷だってことを。生物は生きるために知性を獲得したのだ。

 僕が自動車学校に対して強い忌避感を覚えるのは、ときおり僕の「積極的でなさ」を指摘されるからなのだということに気づきました。やる気がなくて何が悪い。