Redundanz

僕の言葉は、人と話をするためにあるんじゃない。

0915

 私が「ねこは英語でcatというんだ」と彼に教えると、彼はしばらくの沈黙の後「なるほど!」と叫んだ。
 「確かにその通りですね、今まで気付きませんでしたが、よくよく考えてみるとねこが英語でcatなのは、非常に自然なことのように思えます。」
 理解症候群(Understand Syndrome)と呼ばれるこの精神疾患は、どんなたぐいの知識であれ「納得し理解してしまう」病気として今では広く知られている。「イギリスの首都はロンドンである」とか「太陽系最大の衛星はガニメデ」とか教えられても「なるほど」と納得する。当人の中ではそれらは「言われてみれば自明」な事柄であるらしく、「なんでイギリスの首都はロンドンなんですか?」などと尋ねられれば、「そりゃあ明らかでしょう。イギリスに首都があるならばそれはロンドンです」などと言って、学校入りたての子供に1+1が2である理由を聞かれた大人のように応答する。だからといってアメリカの首都を演繹できたりするわけではないから、大方の人類に共有されている脳の公理系的なものを直接把握しているというわけではないらしい。一寸特殊なブーバ・キキ効果というところで研究者たちの見解は概ね一致しているが、その真相はまだ謎に包まれている。

 「誰にも見られない月が存在する」という主張は、「誰かがいればそこに月を見るだろう(今はそうではないが)」ということを意味するに過ぎず、それは「存在」という語の問題を素通りしてしまっているがゆえにもっともらしく聞こえるのにすぎない。誰も観測していないものについて「存在する」という語を使うのはある意味で文法違反である。

 記述が記述を指差すから真とか偽とか出てくるのであって記述が記述以外のものを記述していれば面倒な問題は生じない。矛盾は存在せず、ただ失敗した比喩があるだけである。