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Redundanz

僕の言葉は、人と話をするためにあるんじゃない。

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 アンパンマン「友達は選ぶようにしていますね」

 知的営みから知的な部分を取っ払ってしまったようなものというのが好きです。例えば、谷川俊太郎なんでもないものの尊厳」とか結構露骨なんだけれど、この詩を例に取ると、前半のなんでもないものについての語りにはとくに意味はないわけです。「(以下抹消)」からの「筆者はなんでもないものを、なんでもなく述べることができない」ときて筆者自身記述の失敗を認めている。認めてはいるんだけれど、それをこうして書いた気持ちみたいなものは文面に残り香みたいに漂っていて、それが説明・論証という形式を超えて普遍性を獲得しているというところに、この詩の凄さがあるのだと思っています。言葉では上手く言えないんだけど、でもなにかそこに潜んでいる気がするよねという哲学的動機を、言葉でもって書いてしまう。「書けただけ」なのだけれど、果たしてそれはそう書けてしまったのです。

 自動車学校で救命講習なるものを受講させられたのですが、講師のムダ話が面白くないばかりか論証として不適切なものが多く、ほんとうに厳しい気持ちになりました。人間!

  空想。黒く艷やかな液体が無重力下の水滴のように虚空にふわふわ浮いていて、そこから細い筋が飛び出したかと思うと千切れたり曲がったりを繰り返しながら絡み合い、流麗な明朝体で文字を形作る。光沢を失って平面的になったそれは果てしなく虚ろで、そして何かを思い出したかのようにはっと煙になって消えてしまう。

 「べっ、別に自分のためなんかじゃないんだからねっ!」というのはどうか。