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Redundanz

僕の言葉は、人と話をするためにあるんじゃない。

0408

 昼からバイト。同じモデルを読み込んでいるのにCaffeとChainerで出力が微妙に違う。解せない。はじめは浮動小数点誤差とかその手の何かだろうと考えたのだけれど、input sizeを(32*n, 32*m)にすると誤差を生じないので、たぶんpoolingにおける縁の扱いに差異があるものと思われる。のだけれども、ソースを読んでもいまいち要領を得ない。というかpoolingに問題があるのなら(16*n, 16*m)でも誤差は生じないはず。ううむ、複雑なものを相手にするのは大変です。Faster R-CNNのbbox regressionはけっこう不安定なのでこういうのはあまりありがたくないのですが。ところでいわゆる深層学習は回帰にあんまり強くない印象がある。人間みたいだな。

 Twitterで見かけたPDFに惹かれて久しぶりに不完全性定理の証明を眺めていました。Σ_(i-1)⊆Σ_iであることが示せなくて詰まる。もうちょい考えよう。

 4年前に書いたものなど読み返すと頭が悪すぎてびっくりするというか、マルコフ連鎖っぽいなと思う。意味は諦めてひとまず人語らしきものを生成してみましたという雰囲気で、言うなれば天然人工無脳である。もうちょっと注意深く読むとぼんやり意味がわかってきて、同時に、書かれるべき論理のステップがかなりのところ省略されていることがわかる。しかもその省略の仕方にずいぶんムラがあるのだ。まるで凸凹道のように読みづらい文章である。いまもそれをやってしまっているのではないかと思うと恐ろしい。僕はよく頭のなかで伴奏を鳴らしながら主旋律を口ずさんでいる。それは僕にとっては壮大なオーケストラだが、周りから聞けば単調な鼻歌にすぎない。どうやら自分は、主観と客観の温度差を感じづらい人間であるようなのだ。自分の内と外との区別があまりついておらず、僕しか知らない文脈をまるでだれにでも認識できる外的事物であるかのように思っている。それは、視覚や聴覚に直接訴えてはこないものの、本質的には幻覚に近い。壁の模様に視線を感じ、虚空に向かって話しかけている。そんなわけだから、僕のヴァイオリンは音楽を奏でないし、ときどき描く絵も似たようなものである。これらが僕の認知特性によるものなのか、他者との交流の乏しさによるのか、はたまた別の要因があるのか、自分ではよくわからない。素朴に努力が足りていないのかもしれない。なんとかしたい。