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Redundanz

僕の言葉は、人と話をするためにあるんじゃない。

0811

 りんごは実在するだろうか?いいえ、りんごはアトムの寄せ集めにすぎない。ではアトムは実在するだろうか?わからない、というのもアトムが実在するというときの「実在」は結局のところりんごの「実在」と同じ実在であるから。われわれに与えられている実在の文法は、りんごに実在を認めてしまうような性質のものであり、たとえ「りんごは実在しない」といくら言ってみたところで、その文法が変化するわけではない。それがそれとして見えるということが実在の意味なのであって、それ以上でもそれ以下でもないのだ。

 要素に還元するというのも一つの思考の仕方であって、別により現実に近づくという性質のものではない。もしそれがそれ以上の分割を許さないものであったとしても、それが〈実在する〉ということにはならない。

 イグノラムス・イグノラビムス。けれども僕は物自体としての世界と私を信じている。


 帰省しています。耳に入ってくる会話量がとつぜん増えたせいかすぐ頭が疲れてしまう。こんなところで生きていたら人は他人の言葉をノイズとしてフィルタするようなってしまうのではという気がするし、実際うちの人達にはその傾向があると思う。コミュニケイション過多というのは一つのディスコミュニケイションの形である。酔いによって聴力が下がり大声を張り上げる飲み屋の客達が思い浮かぶ。