Redundanz

僕の言葉は、人と話をするためにあるんじゃない。

0612

 6月だしどうせ暑いだろと思って半袖で過ごしていたら身体を冷やしてしまった。ちょっと風邪っぽい。

 シモーヌ・ヴェイユ重力と恩寵」を読んでいます。正直なところあまり好きな本ではない。観念に雁字搦めにされた思想、極度に自由度の低い知性、そういう印象を受ける。なんというかこう、読んでいて痛くなってくる。人のこと言えるのかというと微妙なところであり、なので時折ニヤッとなるような記述に出会うことはある。「美しく善きものすべてが自分への侮辱と思えてくる」とか。あなたも完全な球体になりたかった人なんだね、みたいな。

 ホームから駅構内へと続く階段を下りながら前を歩く人々をなんとなしに眺めていると、見覚えのある後頭部を見つけた。金曜の朝にも同じものを見たのだ。最近そういうのがちょっとづつ増えてきている。同じ時間、同じ経路で出社していると、流れ行く人々の中に少しずつ見知ったものが生じていく。こうして生活は淀んでいくのだ。