Redundanz

僕の言葉は、人と話をするためにあるんじゃない。

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 寒い屋外で温かいブラックコーヒーを飲みながら明治の板チョコを齧るのが好きです。謎の幸福感がある。こういう組合せをもっと探っていきたい。

 アイデンティティは自分自身の振る舞いや能力についてのモデルみたいなものだと思う。たとえば地面に出来た幅一メートルくらいの裂け目を見て、このくらいなら飛び越えられそうだなと判断する、その判断はアイデンティティを内/外挿して行われる。「自分は1メートルくらいなら幅跳びできる」という命題はアイデンティティそのものではない。むしろそうした命題を必要に応じて産出する予測モデルこそが自己像の源泉なのであって、そういう意味でそれは安全装置であり枷である。