Redundanz

僕の言葉は、人と話をするためにあるんじゃない。

0112

 アプリオリな事実について少し考えたこと。例えば、柳の下ではドジョウが取れるという命題と、1+1=2の間には、本当はそんなに違いはないのではないか、とか。前者はそのままでは、いつだってそうだとはいえないのだけれど、ある瞬間ある状況を指定してやれば、その時は数学的事実と同じくらい確実にドジョウが取れるはずで。つまりいつだってそうであるとか普遍的であるということと、実際の時間との関係はそんなに深くないのだ。なんというか、この場合の意味では、1+1=2だって一つのシチュエイションを厳密に指定しているだけなのではないのか、ということ。ちょっと風邪気味なせいでうまく考えがまとまらない。明日もう一度考えてみなくては。

 夜はAnotherVisionの人たちとオークション会場からの脱出に参加しました。とても良いゲームだったと思います。脱出成功したのですが、その決め手となる部分に気付くことが出来たので嬉しかった。頑張って全体の構造を俯瞰していたかいがありましたね。必要な情報が心のなかで統合されて、一本の道筋に収斂してゆく過程はとても心地よい。こういう感覚を、数学とか哲学とかで味わえるようになるのが今年の目標でしょうか。頑張らねばなー。