Redundanz

僕の言葉は、人と話をするためにあるんじゃない。

天才少女の話

 少女には苦手なものがたくさんありました。友だちをつくるのが下手だったし、小学校の勉強もからきしでした。周りの子供達が夢中になっているテレビ番組や音楽、ゲームのことがちっともわからないから彼らの仲間に加わることが出来ないし、仕方なく時間を潰そうと行ってみた図書館の本はまったく楽しめません。少女は毎日のように新しい困難に直面していました。あらゆる事柄はベールのあちら側にあるよう思われました。ベールの向こうでなんの苦労もなさそうに振る舞う同級生たちを眺めながら、自分はきっと頭がすごく悪いのだろうと少女は考えていました。
 でも実のところをいうと、彼女の頭はそれほど悪いわけではありませんでした。むしろある意味では他の誰よりも賢かったのです。問題だったのは、少女が完全に近い記憶力と相関能力を持っていながら、それに無自覚だったことでした。彼女は自分が特別であることを知らず、それゆえ”自然に”周囲を理解しようと務めていました。けれど彼女にとっての自然さは、多くの人間にとってあまりに厳密なものだったのです。彼女はルールと、そのルール内で可能な振る舞いとの区別を認識しませんでした。彼女の中ではいわば規則と人間の自由な意志による行動との間に線引がなされていなかったのです。しかし全てを規則に帰着させるには彼女以外の人間たちは乱雑に過ぎました。そうした周囲の人々の生み出す曖昧さを極めて正確に掬いあげてしまったがために、彼女は彼女の周囲に広がる生活空間を統一的に把握することに失敗していたのでした。
 国語の試験答案をほとんど白紙で提出したあと、少女は唐突に思いつきました。勉強ができないのなら、勉強が出来る人にやり方を聞けばよいのだと。幸運にも彼女の幼馴染にして唯一の友人である少年はすこぶる優秀だったはずです。彼は学校の先生の誰よりもものを知っていると評判でした。国語の答案の書き方は彼に教えてもらえばいいのです。
 そういうわけで、休み時間がはじまると彼女はすぐさま隣のクラスの少年のところへ向かいました。おもむろに「国語ってなにすればいいの?」と聞いてきた彼女に少年は一瞬面食らったようでしたが、なにかを察したかのようにやんわりと笑い、「問題を作った人がなにを答えさせたいか考えるといいよ」と答えました。
 これが天才少女誕生のいきさつです。少年の一言をきっかけにして他者にも内面があることを了解した少女は、それらに対応するものとして自分の内側にひとつの精神モデルを組み上げました。それこそがのちに天才少女と呼ばれるようになるものの正体です。こうして天才少女を媒介に他者との繋がりを得た異能の少女は、彼女にきっかけを与えた少年とともにさまざまな事件に巻き込まれることになるのですが、そのお話はまたの機会にしましょう。
 「さあ、内なる天才少女の声に耳を澄まして」