Redundanz

僕の言葉は、人と話をするためにあるんじゃない。

0702

 パラメタ数の多いニューラルネットほど悪い局所解に陥りにくいという話をバイト先の上司にしていたとき、彼がこんなことを言っていた。「結局のところ社会主義よりも資本主義がうまくいっているのは、単に変数が多いからではないか、とかつて考えたことがある」。一見シンプルなシステムのほうが合理的で効率的に思われるけれども、その実、複雑なシステムのほうが、抜け道が多いぶん、より良い落とし所を発見できるのではないか、という考えだ。割と有用な認識なのではないかと僕も思う。

 話題になっていたので、僕も「帰ってきたヒトラー」を読んでみた。イデオロギーのある知能の高い異常者としてのヒトラーのキャラクタは個人的にかなりツボで、とても面白かったのだけれども、それはそれとして、インターネットでの評価が「笑いつつもゾッとした」の一辺倒だったことは少し気にかかっている。なんというか、人々はナチスドイツを道徳的側面からしか批判できていないのではないか、という印象を受けたのだ。道徳や倫理が時代に相対的なものであることを考えると、これは十分ではないと思う。ヒトラーの危険性は、彼のイデオロギーや倫理的傾向にあったのではなく、むしろ彼がきわめて大きな人気を獲得したことそのものにあるのではないか、と僕は思っている。別の言い方をすると、それは社会が過度に単純化してしまったことによる問題なのだ。たぶん民族とか戦争とかいった道徳的な面は本質的ではない。たとえその核になるものがいかに健全な思想に思えようと、社会の極端な一体化はこの手の危うさを孕んでいるのだと思う。悪い解に嵌り込む可能性に(ここでの「悪い」は道徳的なものではなく省エネ的観点からのものです)。

 というようなことをつらつら考えていた。つねに適度な捻くれ者でありたいものですね。そんなことより卒論準備。