Redundanz

僕の言葉は、人と話をするためにあるんじゃない。

哲学探究を読む(12)


 『哲学探究』の新しい邦訳が出たことを知り早速注文した。訳者は鬼界彰夫。訳が良ければ全集版からそちらに乗り換えるかもしれない。革新的なことに電子書籍版もあるらしい。しかしまあ、哲学書は紙がいいよな、書き込めるし。

 それはそれとして、野矢茂樹訳『哲学探究』をわりと昔から心待ちにしている。実現しないかなあ。


 さて第17~18節。あまりむつかしいことは書いていない。語の種類(名詞や動詞など)の概念は分類の目的やわれわれの傾向性に相対的であって、異なる分類を導くような視点だって存在しうること、また第2節、第8節の言語は命令のみから成り立っているが、だからと言ってそれが不完全であるとは言えないこと(微積分が発明される以前のわれわれの言語は不完全であったのか?と考えてみよ)が指摘されている。

 続いて第19節、と書いていきたいところだったのだが、別のことをやっていたら疲れてしまったのでまた明日。やる気のない文章になってしまったが、まあそういうこともある。


 代わりと言ってはなんだが、これは飛鳥山公園に展示されている機関車。いろいろな部品があり、それぞれ異なる機能を持っている。

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