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Redundanz

僕の言葉は、人と話をするためにあるんじゃない。

0409

 某先生の講義に参加するため駒場へゆきました。ジョン・マクダウェルの「心と世界」を半年かけて読もうぜという趣旨のゼミです。マクダウェルの哲学は「治療としての哲学」らしいけれど、僕も上手に治療されることができるだろうか。されてしまったら負け(何に?)だとする向きもある。
 あの先生は穏やかな人だけど、それは徹底的な冷淡さの裏返しなのではないかという気がする。少なくともお人好しではない。話しぶりの中にちょいちょいそういうものが紛れ込む。別にそれだけならなんてことないのだけど、見た目が穏やかなものだから、人間味のなさが一層際立って見えて戸惑うのだ。まあ先生も「生きる理由がない」種類の人間であるようだし、そんな人間に無理由の人間性が見出だせないのは当たり前だとも思うのだけど。僕自身もある程度はそうなのだ。ただそういう人を見るとすこし不安になります。訓練されているとはいえ一撃で人を殺傷しうる猛獣の檻にいるような気分。しかしだからこそ近づいてみる価値があると思う。
 良心ある人に対する信頼は、手かせ足かせをはめられて自由を奪われた者に対する安堵なのだ。それは人間らしさなどでは決してない。むしろすべての枷を取り外した上でなにをするかという選択こそがその人の心を特徴づける大切な要素なのではないか。僕はやさしい狂人になりたいと思う。