Redundanz

僕の言葉は、人と話をするためにあるんじゃない。

哲学

1115

反実在論者が「われわれはある『基準』に従って世界を分節化しているのに過ぎない」と言うとき、基準という語の立ち位置が問題になる。もはや実在論的に基準に従うことはできないのだから、ただ「基準に従ってみせる」ことしかできない。それになんの意味が…

1016

赤さを認識しているときの脳の(あるいは世界の)状態がそのまま〈赤さ〉であるといってなにがいけないのか。どうして僕らは脳の状態と私的感覚を区別するのか。これはおそらく、われわれの言語活動に根差した問題であって、われわれが生活の前提としている…

0809

ある人間の生が幸福なものであるかどうかは、彼がどのような世界観に生きているかに依存する。他人から見れば不幸である人が、当人の世界観において幸福であることはありうる。ここで世界観とは、その人が世界をどのように構造化し、その要素にどのような感…

0621

箱の中にボールを2つ、続いて3つ入れる。箱の中のボールの数は5つになっているはずだが、実は箱の底に穴が開いていてボールが1つこぼれているかもしれないし、あるいは自分の知らない間に誰かが1つ加えているかもしれない。箱の中のボールが実際には何…

0606

僕はラムレーズン味のアイスが好きだが、残念なことにアイスは食べるとなくなってしまう。これは経験的な事実だが、しかし一方で、アイスは食べるとなくならなければならない、ということが宇宙的に決まっている(つまり真理である)わけではない。アイスは…

0523

ランシエール『民主主義への憎悪』を読んでいる。フランス人思想家特有(標本数3くらい?)のレトリカルな言葉遣いがやや読みづらいが、刺激的な議論に満ちたたいへん面白い本である。そこで整理されている様々の概念を頭に入れたうえで現代社会を眺めなお…

0326

自分の世界観を織りなす中核的洞察を表現するなら、「認識とはシンボル化することである」「シンボルはただシンボルとのみ関わる」「世界には自己シンボル化の機能があり、われわれはその果てにいる」あたりになるだろうか(とくに2個目が重要!)。これら…

0209

語られたことはすべて規範的である。なぜなら、その内容を肯定するにせよ否定するにせよ、ある文を理解するということは、その文が真となるような条件を理解することであり、それはとりもなおさず、それらの条件が「見えている」ことを要請するからだ。たと…

0727

僕が数学に対して抱いていた疑念の中核は、数学の予言性はどこから来るのかということで、その予言性は、1.数学体系内における予言性と、2.自然現象に対する予言性の2つに大別される。1.は例えば、すべての自然数を調べ尽くすことなく示されたフェル…

1229

いろいろなことを考えてはいるのだが、他人に読めるような文章として書き下す余裕がない。まだ自分の中で整理がついていないというのもあるし、そもそも読み手を想定して書くことは僕にとって相当の熱量を要する作業である。労働をしているとそんな余力は残…

0816

論理的推論は、紙の上に書かれたいくつかの線分を、あるルールに則って延長していくことに似ている。延長は証明のステップであり、線の交わりは帰結である。論理的プラトン主義者は言うだろう。はじめの線分と延長のルールが与えられれば、それ以降に描かれ…

0608

いま自分は何も考えることが出来ていない、という事実にふと気づく瞬間があり、そういう瞬間が最近増えている。よいことだと思う。頭の中でイメージをこねくり回したり言葉を連ねたりしているとなにかを考えている気になってしまうのだが、そうした実感と有…

0518

自分の意識は、自分が語ることを聞くことではなく、自分が見ているものを見ることの上にあるなあと思った。 C.S.パースは、数学のすごさはその確実性・無謬性にあるのではなく(実際、人はしばしば演繹を間違える)、たとえ誤謬が発生したとしてもそれをすぐ…

0204

「罪人である自分」に対する憐憫ほど醜悪なものはない。気をつけること。 この肉体は自然法則に縛られた物質の振る舞いに過ぎないというのに、どうしてそれが〈私〉であることが可能なのか。〈痛み〉や〈赤さ〉を擁しうるのか。15年もの間、僕はこの問いに駆…

0121

ウィトゲンシュタインが試みたのはつまりこういうことだ。対象とその記述という二項対立を統合的に解消すること。それらが実は同じ階梯にあることを示すこと。呻き声が〈痛み〉を記述しているのではなく、呻き声がまさに痛みであり、記述される「痛みそのも…

1126

世界の縁でランダムウォーク。 たとえばx>0という条件が与えられたときに「ああxは-1ではないんだな」と思うためには、単なる論理的思考とは別の飛躍――つまり「x=-1となることがあるか?」という問いを立てること――が必要になる。思考においてもっとも重要な…

1119

25歳になって2日が経ちましたがとくに変わりはありません。自分が生まれて四半世紀が経ったのだと思うとちょっと変な気がする。昨日の続きを毎日やり続けていただけなのにこんなに遠くへ来てしまった。 ところで四半世紀っていうと4と2分の1世紀っぽくて…

0917

言葉を用いて相貌を伝えることは出来ない。言葉は相貌の上に築かれたものだからだ。林檎の相貌を知らない人に、いくら言葉を尽くしたところで、実際に林檎を目にしたときの「その」感じを伝えることは不可能である。もちろん林檎の相貌を構成する要素的な相…

0723

すぐ日記をサボってしまって良くないです。僕がまとまった文を書くためにはそれなりの精神的助走が必要で、仕事をしてるとその余裕がなくなってしまう。小話のネタとか、やってみたいこととかそれなりに堆積してはいるのだけれど。このままだと化石になっち…

0713

僕が考えた駄洒落の中でたぶん最も雑なもの。「沖縄はおっきいなあ、わあ!」。はい。 「存在と時間」を読んでいます。予想していたほど理解できない感じではない。言いたいこと・問題意識はなんとなく分かる。ただ僕の中の早合点メタツッコミエンジンはすで…

0625

普遍的な意味での〈知性〉というものがあって、それが自然を理解しようとして数学的構造を見出したとするならば、この世界は〈自然法則〉によってできているといえるかもしれない。けれども生命と知性がひとつのアトラクタに過ぎないのであれば、それによっ…

0408

哲学は自己免疫疾患です。 システマティックに生きているとすぐ人生が今日×N日になってしまう。より効率的に生きてゆくために作り出された仕組みが、人間を生きることから締め出してしまう。問題なのはここで「さあ非効率なことをしよう、不合理なことをやろ…

0401

「選言は絵に描くことができない」と言っている人を見かけて興味深い視点だと思った。「林檎がありかつ蜜柑がある」という状況は林檎と蜜柑を一緒に描けば伝わるが、「林檎または蜜柑がある」という状況はどう描いたものかよくわからない。「林檎がある」「…

0329

ふと思ったこと。僕は概念を分析することにあまり価値を見出していない。たとえば愛と友情の違いとか、真実と美の類似性とか、そういう主題について考えることに意味を感じないのだ。というのもわれわれはそれらの概念をふわっと扱っているのであって、その…

0228

論理の説得力は錯視のそれに近い、ということをふと考えた。 『プロレゴメナ』をちびちび読んでいます。今更ながらやはりカントは偉大だと思う。ただ純粋直観と経験的直観の区別は彼が考えていたほどには厳密なものではなく、むしろスペクトラムをなしている…

0213

卒論の口頭試問が終わりました。いったいどんなダメ出しを食らうのだろうと戦々恐々としながら行ったらわりと恙無く終了しちょっと拍子抜け。主査の先生から「一つの哲学としてちょっと感動した」と言ってもらえたのは嬉しかった。まあ所詮は学部の卒論だか…

0129

人間は(というか生物は)知覚を行動に変換する関数として捉えることが出来ると思う。で、単純なフィードフォワードネットワーク(つまり直観)では計算の深さに限界があるから、繰り返し構造を導入して効率化を図ったものが言語である、と考えてみたい。こ…

0107

われわれは宇宙の使いみちについて知っているだけで、宇宙については何も知らない。 真に考える価値のある問題のほかに何も考えたくないと思う。しかし真に考える価値のある問題などあるのか。すべての哲学的問いが言語論的なのであれば、つまりすべての答え…

1201

くるりくるり。無限小の円周を歩いて回る。 孤独について考えていました。思うに僕は、あらゆる超越的なものたちを言語ゲームの内側に位置づけるにあたって、他者性という超越も退けてしまったのだと思います。何が言いたいかというと、他者というものもまた…

1118

物事を抽象化するためには、捨象される部分が一個の対象として"見えて"いなくてはならないということに気付いた。つまり抽象化においては瑣末な情報が落ちているのではなく、それらが(こう言ってよいのかはわからないが)無意識に回収されているのだ。個々…