Redundanz

僕の言葉は、人と話をするためにあるんじゃない。

2021-01-01から1年間の記事一覧

哲学探究を読む(24)

無我夢中で何かを成し遂げるのと、あらゆる瞬間に意識をとどめつつ何もしないのとでは、どちらが人生の浪費だろうか。充実した過去/未来と透き通った現在、どちらがより深い満足をもたらすだろか。 第46節。『テアイテトス』におけるソクラテスの発言が引…

習作 20210814

おのれの内の生活の獣が寝静まる夜冷蔵庫のコンプレッサーがにわかにうなりおれはしわくちゃの手紙をていねいに引き伸ばすこの文面に意味があったとき、自分はどんな形をしていただろう? かつてと変わらぬ姿のままで色褪せてしまった言葉たちにもはや再生の…

哲学探究を読む(23)

ひと月くらい前からちょっとした研究を進めていた。なんでもいいから出来そうなことをやって論文を出そうという不純な動機ではじめたものである。そこそこ良い結果が出て、不純な研究なりに楽しくなってきたところだったのだが、先日 CVPR 2021 をオンライン…

後期ウィトゲンシュタイン哲学における文法と必然性

大学の卒業論文をここに転記しておく。オリジナルファイルを紛失してしまい pdf からコピペしたものなので、ところどころおかしな部分がある。後日修正する。 今読み返すと至らない点ばかり目につくが、後期ウィトゲンシュタイン哲学の簡単な解説として多少…

哲学探究を読む(22)

第37節。「名と名指されるものの関係とは何なのか?」もしそれが「精神」でないのだとすれば。「それは、場合、場合で様々なことなのだが、ある場合には、名指されたものにその名が書きつけられているということであるし、あるいは、名指されるものが指さ…

哲学探究を読む(21)

このところどうも気負いが生じてしまって哲学書の類を読めなくなっている。無駄に意気込んですぐ精神を疲弊させてしまう。数学の本を気軽に読み進められるようなってきたのと対照的である。これはよくない。もっと気楽に、もっと適当に、しかし集中力は維持…

例外

この世界は印刷された物語で、登場人物の僕がいくら暴れてみせたところで、それもまた静謐な明朝体の配列に過ぎず、紙面が破れたりはしない。しかしいつの日か落丁の一つでも作ってやりたいものだと思う。 このお話から脱出するという考えと比べれば、それ以…

哲学探究を読む(20)

3月があまりに忙しかったため精神の調子を回復させるのに時間がかかってしまった。生きるために労働をしているというのにこれでは本末転倒である。 気を取り直して第34節。 それでも誰かが次のように言ったと仮定してほしい。「形に注意を向けるとき、私…

哲学探究を読む(19)

労働において自分の関わるいくつかの案件が山場を迎えており、哲学書を読むような気分を維持できずにいた。現実的な問題を解くことにエネルギーを投入している間は、そうした「現実」を前提から支えている枠組みに対する懐疑の気持ちは弱まってしまう。かつ…

哲学探究を読む(18)

1月後半はずっと体調を崩していた。熱が出たので covid-19 を疑ったが、郵送 PCR 検査を受けてみると陰性で、病院で診てもらったところウイルス性の扁桃炎ぽいとのことだった(しかしどこから感染したのやら、ほとんど引きこもりの生活をしていたというのに…

哲学探究を読む(17)

ここのところ隔週更新になっている。もう少しペースを上げていきたいところである。『探究』を読むという以外にも、今年は、自分の思想を体系的にまとめたり、ちょっと長めのお話を書いたり、といったことにも挑戦してみたいなと考えており、まあ考えている…