Redundanz

僕の言葉は、人と話をするためにあるんじゃない。

哲学探究を読む

哲学探究を読む(13)

鬼界彰夫訳『哲学探究』が届いたので目を通していた。日本語がこなれていて全集の文体に慣れ親しんだ者としては違和感があるけれど(自分の中ではあれがウィトゲンシュタインの「肉声」になってしまっている)、何箇所か比較してみたところでは全集よりも上…

哲学探究を読む(12)

『哲学探究』の新しい邦訳が出たことを知り早速注文した。訳者は鬼界彰夫。訳が良ければ全集版からそちらに乗り換えるかもしれない。革新的なことに電子書籍版もあるらしい。しかしまあ、哲学書は紙がいいよな、書き込めるし。 それはそれとして、野矢茂樹訳…

哲学探究を読む(11)

僕は興味のないことをするのがたぶん普通の人よりも苦手だが、その苦手さをより詳細に述べるなら、興味のないことに対する徹底的な自発性の欠如ということになるだろう。自分はわりと器用な人間なので、興味のないことであっても一定の範囲内であれば反射的…

哲学探究を読む(10)

今回はまとめて第11~14節。これらの節では、前回も引用したが、以下の主張を補強するためのいくつかの例え話が語られる。 「言語に含まれる一つ一つの語は何かを表記している」とわれわれが言うとき、このことによって、さしあたりまったく何ごとも言わ…

哲学探究を読む(9)

また前回から日が開いてしまった。何度か筆を取ってはみたものの、第10節の内容について納得のいく解釈が得られず、毎回途中で放擲してしまっていたのだ。実のところ、第10節が理解できないというそれは現在進行形の問題なのだが、このままだと悩んでい…

哲学探究を読む(8)

一週間以上空いてしまった。よくない。とにかく第10節。 それでは、この言語の語は何を表記しているのか。――その慣用のされ方においてでないとすれば、それは何を表記し、その何かはどのようにして示されるのだろうか。〔語の〕慣用については、われわれは…

哲学探究を読む(7)

第8節では第2節の言語が拡張される。追加される語は数詞 a, b, c, …… および「そこへ」「これ」である。また助手には一冊の色彩標本が渡される。など。すると「d―石板―そこへ」や「これ―そこへ」などの文が言えるようになる。 続く第9節では、第8節の言…

哲学探究を読む(6)

いまさらだが1節ずつ読んでいく方式だとその都度意識が寸断され議論の全体像を追いづらくなってしまう。この辺で一度流れを整理しておくことにする。 まずアウグスティヌス的な言語観が提示される。この言語観においては、言語とは意思疎通の一つのシステム…

哲学探究を読む(5)

ここ数日の間に決めねばらならないことがいくつかあり、その決断に精神のリソースを消費してしまっていた。だいぶ時間があいてしまったが、第6節。 言語獲得以前の子供は、言葉を理解しないので、言葉による説明を介して言葉を学ぶということはもちろんでき…

哲学探究を読む(4)

昨日よりは元気になったとはいえ、頭の働きが鈍っている。思考がなかなか形を成さない。こういうときは、意識的に一度頭を真空状態にしてしまうのがよいことを知っている。気圧差に導かれて、空っぽになった頭の中にぽつぽつと考えがわいてくる。これをゆっ…

哲学探究を読む(3)

どうも今日は一日中体調が悪かった。全身の神経がひりついている感じ。それはさておき第3節。 前節では、一つの小さな言語が提示され、これを「完全で原初的な言語」と考えてみよう、という提言で終わっていた。だが、ここで注意しておかねばならないことが…

哲学探究を読む(2)

早起き――といっても8時起床だけれど――に成功した。残念ながらすがすがしい目覚めとはいかなかったけれども。 というわけで第2節。 意味という、かの哲学的な概念は、言語の働きかたに関する一つの原初的な観念のうちに安住している。しかし、それはわれわ…

哲学探究を読む(1)

最近めっきり衰えてしまった読書筋を鍛えなおすために、『哲学探究』を再読して読書記録を書いていくことにした。読書筋とは書いてあることを書いてあるままに読もうとするさいに使われる筋肉のことである。これが衰えるとどうなるかというと、何を読んでも…