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Redundanz

僕の言葉は、人と話をするためにあるんじゃない。

0201

 また風邪をひきました。自律神経が失調し体温調節が出来ていないせいだろうと思います。困った。

 歴史は繰り返すという言葉について。たとえば囚人のジレンマのような状況において、戦略の変更に一定期間が必要でかつエージェントによってその期間が違う場合、状況は周期的な変化をするのではないか。

 人間の感情的物差しは、自分の生活環境でより多くの利益を出せるように変化してゆく。何を嫌い何を好むかが重要なのは言うまでもなく、どのように感情を表出するかという点でもそう。怒りっぽい人は怒りっぽいことによって利益を得ているのだろうし、鬱っぽい人もまた。それが行き過ぎてしまうと病気ということになってしまうのだろうけれど、本質的にはそれらも一つの生存戦略なのだと思う。精神病は良くない局所解に入ってしまった状態と言えるかもしれない。あるいは、どの時間スケールで利益を最大化するかという問題。満足遅延耐性のこと。脳のハイパーパラメーター。

 なにを利益とみなすかということすら変わってゆくのだ。かつて利益だとみなしていたものや身体側からの要求にある程度規定されつつも。

 雑な印象論だけれど、たとえば物事を複雑に考える人、勘案する要素が多い人は、パラメタが多いぶん感情的物差しがオーバーフィッティングしがちな感じがする。いわゆる汎化性能が低い。そのぶん情報が十分にあればより緻密に学習することができる。逆に言えば単純な人間は少ない経験からそれなりに一般的な解を得られる一方で、潤沢な情報が得られたとしてもそれを十分に活かしきれないところがある。みたいな。そしてさらにてきとうな物言いをすると、自閉傾向のある人は学習レートが低く設定されていて、逆に統合失調症的な人はそれが高いような感じがしている。統合失調症の人は報酬に関わる部位が過剰に働いている、という話を読んだことがあるから、あながち的外れでもないかもしれない。確証バイアスかな。

 ところで汎化性能とか過学習とか言うけれど、それらの基準となるものは結局われわれ人間の生きるスケールにおいて正しく物事を分類できるか、ということにすぎないのだ、ということは注意しておかねばならないと思う。僕らは様々なスケールにおいて同様の構造を見出すけれども、それは驚くに値するようなことではなく、たんに僕らがそのような枠組みでしかものを見られないというだけのことなのだ。いわば僕らは、あらゆるものを擬人化して捉えている。なにせ人間はどんなものでも主語と述語の枠の中で記述するのだ。

 試行錯誤するのってけっこうむつかしい。いつの間にか同じ所をぐるぐるしていたりする。問題をきちんと場合分けして、それらをしらみつぶしし、それでも解けなければ場合分けの仕方を見直す、というのの繰り返しだと思うのだけれど、僕は昔から場合分けが苦手なのだった。自分がどのような道筋を辿ったか、ということをきちんと書き残しておかないのがよくないのだと思う。なんでも頭のなかでやっちゃおうとする悪い癖。それのおかげで鍛えられた部分もあるとは思うのだけど。何事もバランスが肝心。

 行列計算が遅い件、BLASが入っていないせいだということに気づきました。仮想環境上でやるのはエレガントじゃない気がしたのでCygwinで頑張ったのだけどコンパイルがこけたり依存関係がよく分からなかったりで断念。昨日一日吹き飛びました。結局、VirtualBox上にubuntuを入れることに。openBLASを使って計算すると、100秒から2秒に縮みました。スレッドを一つしか使っていないぽいのでその辺きちんと設定すればもう少し早くなるのかな。まあGPUには全然及ばないのだろうけれど。すごいGPUが欲しいなあ。