Redundanz

僕の言葉は、人と話をするためにあるんじゃない。

0112

 日記を再開しようと思います。

 結局、卒論を書き上げることができず留年ということになってしまったけれども、それについてはまあ仕方ないことだったと思っている。反省すべき点はあまたあるけれども、ここ半年くらいの自分は、自力ではどうにも脱出できない沼地に嵌り込んでいた。12月に入った時点でこれはもう無理っぽいなという想定はあったし、だから実際そうなったところで大したダメージはなかった。失敗に先立って諦めておくことでダメージを軽減した、といえばその通りなのだろう。そしてそれは自分にとっては必要なことだったのだ、とも思っている。あの時もうひと踏ん張りしていれば、という想定は無意味だ。なぜなら僕は現にそうすることができなかったのだから。過去は厳然たる記録として現在に規定されていて、そこに可能性が入り込む余地はない。それに、諦めたらそこで試合終了だとはいうけれども、そこで諦めないという選択肢を選ぶためには、少なくとも今後の生存が確約されている必要がある。そしてあの時おそらく僕は死にかけていた。まあ、これもまた今の自分の耳に心地よい後付の解釈にすぎないのかもしれない。
 今こうして文章が書けているのは、卒業から一時的に解放されたというのもあるのだろうけれど、大部分は個人輸入したチアネプチンの効能による。最後の一週間に文献を読むことからはじめて一万五千字を書けたのは、この抗鬱剤のおかげであって、もう少しはやくその導入に踏み切っていれば今年卒業できていたかもしれないと考えると、多少の後悔がないわけでもない。まあ先に書いたように後悔したところでなにかが変わるわけではないので、あまり考えないようにしている。ちなみに買ったぶんは卒論の執筆時にほとんど使いきってしまったので、新しく注文したものが届くまでチアネプチンなしで過ごさねばならない。希死念慮が湧くほどではないのだけれど、相変わらず気力は枯渇しているので、なるべくはやく配達されて欲しいところである。薬なしで過ごしたいのはもちろんなのだが(この出費はばかにならない)。回復にはしばらく時間がかかるだろうと思う。僕の抑鬱はおそらく浪人および大学時代に自分を守るために形成されていったものであって、その背景にある構造的問題をなんとかしないかぎり、根本的な解決には至らないだろうから。そのためになにをすべきかはこれから考えるつもりだけれど、たぶん学問から離れる必要はあるだろう。僕は机上でものごとを理解するには懐疑的に過ぎるし、耳で聞いて学ぶのが最高に下手だから、むしろ手を動かす中で技術に慣れてゆくほうが良いのだろう。幸い、僕は動作性知能にかなり恵まれている。その辺の能力がうまく使える場所を見つけたいと思う。ちなみに、チアネプチンはADHDにもマイルドに効くようだ。それによって思考の飛躍が抑えられ、教室という空間に適応できるようなればこの上ない。
 生まれて初めて抗鬱剤を飲んでみて、虚無感とメランコリーとは別物であることを知った。なにもかも無意味であることを実感しつつ、しかしつらくはないということがありうるのだということを理解した。もちろんこれらは関係しあっているのだろうけれども、ただ生きてゆくためには必ずしも虚無感そのものに対処する必要はないということに気付けたのは大きい。というのも、そんなことはどうやったって不可能に思えたから。
 そうそう、考えないでおくことが多少できるようになったのだった。実家からの帰り道、羽田空港にて、ふと自分の思考の展開を高空から眺めている視点の存在に気がついた。これは言語的な自己認識とはまた別の非言語的な眺めで、それゆえ、言語的自動思考に飲み込まれてしまうことなく、自分がどういう状態にあるのか監視していられる。こういうのを離人感というのだろうか。それなりに便利な精神状態なので、もう少し上手く使いこなせるようになりたく思う。
 紙面を線によって区切り、幾つかの領域に分割したとしよう。ある人がその領域の一つを指差して「これはなに?」と問うたとする。それに対して、あなたはどう答えるだろうか。たとえば「時間とは何か」と哲学者が問うときに起こっていることは、これに似ている。

 行ってまた帰ってくること。