Redundanz

僕の言葉は、人と話をするためにあるんじゃない。

0321

 高校の友人の結婚式に参加した。よい式だったと思う。高校時代の僕にはそれがよく理解できていなかったが、新郎であるところの友人はたいへん人間ができていて、これからも彼は周囲との調和を保ちつつまっすぐ自分の道を歩いてゆくのだろうと感じた。彼の人生に祝福あれ。
 終了後に参加していた高校同期たちと集まって近況を聞いたり話したりした。みんないろいろな場所でいろいろなことをして生きているようだった。高校を卒業してから自分もたくさんの人に出会ってきたが、改めて話してみて、やはり彼ら(同期たち)は少し独特の仕方でズレている。おそらく僕もそうなんだろう。この種の人間が多数派を占めるような場所がかつて存在し、おそらくいまも存在している、ということになんとなく勇気づけられた夜だった。そこに戻りたいとも思わないけれども。
 ところで、自分が結婚式をするとして、プロの司会というものを立てたくはないなと思った。司会者個人に罪はないし、需要があるのはわかるのだけど、人間をそんな雑なストーリーに回収しないでくれと思う。生きるってのはもっと深刻なことなんだぞ。