Redundanz

僕の言葉は、人と話をするためにあるんじゃない。

0723

 納得することで解体してしまった気持ちが多すぎます。僕はいったい何をしたいのか。何を信じればよいのか分からないし、おそらくその信仰ですら適当な説明をつけて解体してしまう。僕はこういう理由でこう考えたに違いない、という風に。そしてその理由の最小単位は、僕が生物として持つ快不快の分類に帰せられて、それ故に空虚さを感じるのです。あらゆる目的は自己目的的な構造を持つのだ、ということを常に考えてしまう。その上、そうした思いすらそれ自身のうちに回収されてしまい、後には何も残らない。どうしようもありません。考え方を変えるしかないのだけど、問題の構造上非常に難しい。何か凄いものに吹き飛ばされねばなりません。そうした訳で、一人放浪の旅をしたいと思っています。死にかけるような、原始的な気持ちに直接働きかけてくるような経験をしなければなりません。きっと、字面の上だけで生き過ぎたのです。言えただけであるはずのことが、言えたがゆえに何か力を持ってしまったのです。幸福を思い出さねばなりません。そしてそれが尊いものであるのだと認識せねばなりません。
 僕の理性はそれ自身に敗北したのだ。